資生堂一筋を貫いたアートディレクター中村誠の回顧展美人を創る銀座で開催


2014年6月3日(火)から6月29日(日)まで、グラフィックデザイナーでの中村誠の回顧展「中村誠の資生堂 美人を創る」が、東京・銀座の資生堂ギャラリーで開催中。
1949年に資生堂に入社した中村は、1950年代半ばから80年代にかけて数多くの広告を手がけた。その作品の数々は、国内外で多数の賞を受賞しているほか、MoMA(ニューヨーク近代美術館)にコレクションされるなど、世界的にも高い評価を受けている。本展は、2013年に他界した中村誠の資生堂時代の仕事を詳細に振り返る、没後初めての回顧展。本展では、中村の創作プロセスを、自宅に遺されていた未公開資料を交えながら明らかにし、彼が生涯追求し続けた美の世界と、企業とデザディオール指輪コピーインの豊かな関係を紹介する。
中村の功績は、戦前に確立された資生堂のイラスト広告を写真広告へ転換させた事とされてきた。しかし、その仕事をつぶさに見ていくと、戦前のイラスト表現の伝統を色濃く受け継ぎながら、製版の工夫や大胆ななどの手法を用いて、写真を素材とする独自の表現スタイルを確立していったことがわかる。
また、「一業、一社、一生、一広告」をモットーに企業デザイナーという立場を貫き、「企業のアイデンティティーをビジュアライズするのがアートディレクターの仕事」と語っていた通り、生涯に渡って企業イメージの創出に力を注いだ。
「計数に表現することのできない表情とか、雰囲気、空気感」を大切にしてきたという中村誠が生み出す美しいデザイン。敢えてすべてフェンディ靴コピーを描き切らないことで生まれる 不完全の美 が、見る者の創造力を刺激する。
【プロフィール】

中村誠 Nakamura Makoto(1926-2013年)

1926年、岩手県盛岡市の商家に生まれる。近所の薬局のショーウインドーに飾られていた資生堂の広告ポスターに憧れ、デザイナーを志す。東京美術学校(現・東京藝術大学)に在学中の1947年に資生堂(宣伝文化部広告課)に嘱託として勤務、卒業後の1949年に資生堂に入社。高度経済成長を背景にテレビCMなど新たな広告メディアが登場する中、写真を用いた広告表現で頭角を現す。印刷技術を駆使したグラフィック表現の追求と、独特の美の世界観は多くの人を魅了し、国内外で数々の賞を受賞、高い評価を受けた。

1969年 資生堂宣伝部制作室長、1977年 宣伝部長兼制作室長、1979年 役員待遇宣伝部長、1987〜2000年 資生堂顧問。活動の幅は広く、国際グラフィック連盟(AGI)会員、東京ADC委員、JAGDA理事を務めたほか、後進のデザイナー育成にも力を注ぎ、戦後の日本デザイン界の発展に大きく貢献した。1993年 紫綬褒章受章。2013年6月2日、87歳で逝去。
【開催概要】

「中村誠の資生堂 美人を創る」展

期間:2014年6月3日(火)〜6月29日(日)

会場:資生堂ギャラリー

住所:東京都中央区銀座8-8-3 東京銀座資生堂ビル地下1階

時間:平日 11:00~19:00、日曜・祝日 11:00~18:00

休館日:毎週月曜日(休日にあたる場合も休館)

TEL:03-3572-3901

企画協力:柏木博(武蔵野美術大学 教授)



Posted by htr65 at 19:24│Comments(0)
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